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五十嵐明要について     原 信夫 (1964)
五十嵐明要は昭和7年6月2日の生まれ、当年とって31歳です。日本有数の名アルトプレーヤーとして今や円熟の境地にさしかかっています。

彼は江戸八丁堀に生まれました。生家は代々「聞楽亭」という講釈場で、戦災で焼けるまで営業していたそうです。彼はそういう下町情緒豊かな環境に育ち、長じて日本橋高校を卒業、早稲田大学に入学しましたが故あって中退、18歳の頃からアルト・サックスを持つようになりました。

私が彼をはじめて知ったのは、かつてのジャズ・コンサート華やかなりし頃で、彼がまだ紅顔の美少年であった頃です。「沢田駿吾とダブル・ビーツ」のアルト奏者として守安祥太郎のピアノをバックにエキサイティングなソロを繰り広げる彼に、われわれは注目するようになりました。

そのすぐれた楽才は大方の認めるところとなり、その後彼は「ミッドナイト・サンズ」「ウェスト・ライナーズ」のバンドを経て今では「シャープス・アンド・フラッツ」のもっとも重要なメンバーの一人であります。

彼が大編成のオーケストラに入ったのは、「シャープス・アンド・フラッツ」が『生まれてはじめて』(彼の言葉によれば)だそうですが、永いキャリアで磨かれてきた彼のソロが随所で珠玉のように聴かれます。一緒に演奏していながら私は、毎度彼のソロが出てくるのが楽しみでなりません。

奇をてらわないのびのびした流麗な彼のアドリブは、どの曲の場合にももっともその曲にふさわしく演奏されるのです。殊にそのアルトの音色の美しさは比類なく、またそのスタイルは一口にいえば中間派、つまり超モダンでもなく、古くなく中庸を得ており、スウィングを吹かせたら恐らく彼の右に出るものはないでしょう。

彼の音楽の基礎となったものは、ビーバップ時代に培われており、故守安祥太郎から受けた影響が非常に大きいと思われます(守安は稀にみる才能の持ち主で名ピアニストでありました)。また彼の傾倒しているアルト・プレーヤーはチャーリー・パーカー、ソニー・スティット、後にキャノンボール・アダレイ等であるところから察しても彼の傾向がわかります。

また彼は童心童顔の持ち主です。そして色浅黒くたくましい等という形容とはまったく反対の色白な優しげな好青年であります。しかも彼は下町風の粋な気風を身につけており、話しぶりは軽妙洒脱、暖かい人柄で、誰からも「トシ坊」の愛称で親しまれています。彼と話していると自然に心がほぐれて楽しくなるから不思議です。ステージでも何となく愛敬があり、絶えず貧乏ゆすりをしている彼の姿はほほえましくさえあります。

こういう彼の音楽が暖かくそして軽妙な味のあるのももっともといえましょう。こんな素晴らしいプレヤーが今まであまりにも知られず、レコードも数少なかったというのは残念というほかありません。

彼は万能選手ですが、このレコードは彼の面を余すところなく表わしていると思います。流れる弦の美しさにのって、甘く張りのある彼のアルトが、その持味を充分に発揮して見事に歌い上げています。

なお、彼のこのような才能のすべてを引き出してくれた前田憲男、山屋清、大西修の三君は、われわれの演奏活動には欠かすことの出来ない優秀なアレンジャーであることを同時に知っておいていただきたいと思います。このレコードを皆さんのコレクションの中に加えて折にふれて楽しんで下さい。

 「You and the Night and the Alto Sax」(JPS-5006)1964から引用させていただきました。