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実力ナンバーワンのアルト奏者 五十嵐明要        瀬川昌久
日本のアルト・サックス奏者といえば、誰でもすぐに渡辺貞夫を思い浮かべることであろう。「世界のナベサダ」と呼ばれるくらい彼の名はジャズを知らぬ人々にまで浸透している。しかし実際は、もう一人、その実力、キャリアからいって、渡辺貞夫に比肩する卓抜したアルト・サックスのプレイヤーがいる。愛称トシちゃんこと五十嵐明要である。

1950年代の日本ジャズ界の夜明け、伝説の「モカンボ・セッション」にチャーリー・パーカーを演じて以来、35年余に亘って彼は常にジャス界の第一線に身を投じて、黙々とアルト・サックスを吹き続けてきた。

多くのベテラン奏者たちが、時代の流れの中でスタジオの仕事などに引き込んでいったのにかかわらず、彼だけはほとんど毎日のごとくライブ活動を続けた。

ビッグ・バンド活動が長かったため地味に見られがちの彼が、この数年間自己のコンボを率いてからの精力的かつ情熱に燃えたプレイの輝かしさは、万人の認めるところ。

デューク・エリントンの名曲を吹かせたら右に出る者がない、といわれる程、ジョニー・ホッジスに傾倒した彼だが、一方若いときにビーバップからウェスト・コーストに至るモダン・ジャズの歴史を身をもって実践してきた長いキャリアは、彼のアルト・サックスに彼ならではの個性ある力強さと抒情性を兼ね備えたユニークなスタイルを与えている。

しかも驚くことに、彼のアルトのパワーは年を経るごとに衰えるどころかますます輝きを増し、今の彼は最高に若くフレッシュである。ストレート・アヘッドなジャズの人気が下降した70年代も、自己の路線を曲げることなく、イージー・リスニングや、フュージョンにまったく目をくれず、信念を貫き通してきた賜物であろう。

五十嵐明要は、1932年6月2日東京の生まれで、ドラマー五十嵐武要は2つ年上の兄にあたる。昭和20年代後半から30年代にかけ、沢田駿吾とダブル・ビーツやウェスト・ライナーズで、モダンなアルト奏者として名を上げ、その後原信夫とシャープス&フラッツ、小原重徳とブルーコーツのスター・ソロイストとなる。

特にブルーコーツには次代リーダーとなった森寿男の片腕として長年在団し、その間小川俊彦の編曲になる多くのエリントン・ナンバーのフィーチャード・ソロイストとして高い人気を獲得、和製ジョニー・ホッジスの異名をとる。

その後独立して、ニューオータニの小原重徳とジョイフル・オーケストラに参加、コンサート・マスターとしてそのアンサンブルの支柱となって活躍する傍ら、自己のコンボを結成してジャズ・クラブで積極的なライブ活動をすすめる。

現在は生家の八丁堀の寄席「聞楽亭」にちなんで「ザ・聞楽亭」と称するクインテットを率いて思う存分のアドリブ・プレイに専心している。

もともと若くしてビーバップに魅せられてモダン奏者を志し、キャノンボール・アダレイやジョン・コルトレーンを研究する一方、ジョニー・ホッジスに傾倒してその音色とフレージングをマスターするというジャズ一辺倒な精神の持ち主。

ベテランの境地に達した今、新旧のスタイルを超越した彼独自の個性を開拓しながら、ますます冴えたプレイをきかせている。

(1989)