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五十嵐明要 インタビュー
2005年11月30日 熱海・大観荘 五十嵐明要ジャズ・ライブ
FM熱海湯河原 (2005年12月10日放送)
「JAZZ in Atami 〜大観荘〜」
ジャズは研究しちゃ駄目ですよ
―― この熱海の環境と、五十嵐さんのサックスの音色の相性みたいな、何かを感じる事がありますか?
五十嵐 この場所はいいよね、それに熱海でもっとジャズが盛んになった方がいいよね。
―― 選曲はどんな所をこだわったんですか?
五十嵐 僕はやる曲を決めてないんですよ。とりあえず、季節モノを一つとお客さんの顔を見て決めてます。
―― 初心者がジャズを聴くコツを教えてください。
五十嵐 何も考えないで、良かったなーという曲を胸でグッと聴く。研究しちゃ駄目ですよ。

>> FM熱海湯河原のサイトへ
当夜の演奏曲(曲名の表示が前後しています)と、インタビュー(音声)をお楽しみください。
(ビデオもあります) 


ジャズ批評 No.40 1982年
インタビュー 日本のアルト奏者 「アルトにかける情熱」

キレイな音にも“芯”がなければ
 ―― その頃は勉強するレコードがありましたか。
五十嵐 ジョニー・ホッジスとかウィリー・スミスのSPがいっぱい入ってきていましたし、その後チャーリー・パーカーが出てきて、ビ・バップをゴリゴリ演りだしたのを聴きましたね。

 当時はスイングといわずジャズですよ。専門的にいうとコード進行がいままでより細かい。パーカーなんかも今聴くとリズムのせいもあるだろうけれどかなりスイングっぽい。あの頃は皆、パーカー一辺倒でね。僕は彼を勉強の素材にはしていたけど、あまり好きではなかった。当時そんなことを言うものなら、村八分にされちゃうから言わなかったけどね(笑)。もちろん尊敬はしてますよ。とにかく本質的にあまり好きでなかった。結局その表われが今日の僕なんだろうけど・・・。

―― では一番好きなのはホッジスとかウィリー・スミスその辺ですか。
五十嵐 最初にしびれたのがね。アルトの音色がいかにもアメリカ的でね。ホッジスの甘い感じがいい。

 あの頃の僕は、とりあえずいいと思うことはみんな演ってみましたね。パーカーも指向したし、のちにこのバンドを辞めて、若手で何か演ろうとしたのが「ウェスト・ライナーズ」、形でいうとウェスト・コースト系、というとリー・コニッツ、ポール・デスモンドもそうだし、アート・ペッパーも傾倒して演りました。   >> 全文を読む



MY WAY FOREVER誌   2004年  Summer  第5巻
戦後日本のJAZZ界に咲く まことの花

秘密の年の重ね方
父親は、寄席の亭主だったんですよ。八丁堀で。聞楽亭(ぶんらくてい)という。昭和20年(1945年)3月10日の大空襲で全部焼けちゃいました。

で、僕が今やっているバンド「ザ・聞楽亭」というのはね、うちの昔の名前なんです。 その寄席は、江戸時代、ひいおじいさんの前ぐらい、つまり5代前のご先祖様が始めたらしい。

当時ね、いわゆる講釈師がいて、表でもって、よしず張りで囲いをして、その、芝居小屋みたいなのを仮に建てたようなものの中で軍記物を色々聞かせるというのがあったそうで。そこへお客さんが入って、聞いて、お金も払っていくという。それをご先祖様が見てて、こういうのを完全に小屋にしてやったらどうだろうってことでやり始めたらしいのね。

その前は、お風呂屋さんをやってたんだって。八丁堀で。その銭湯には、八丁堀だから、当然、与力同心が来たわけ。それで、一般の町人が入る前に、お役人がまず一番風呂を、朝から入る。そうするとね、男湯も女湯もみんな使っちゃうわけよ。お客さん入れないんだから。

ところが、みんな、ほら、武士で、刀差してるでしょ。だから、女湯にも刀を掛ける物が置いてある(笑)。そういうことがあって、「寺があっても墓がない」とかね、“八丁堀の七不思議”っていうのがあるんだけど、「女湯に刀掛け」というのもその一つで、これがどうやら、その風呂屋から出た話らしいんだよ。   >> 全文を読む



対談: 北村英治(cl) 原田長政(b) 五十嵐明要(as) 1976年  
何か面白い話出してよ
北  村 今日はトシ坊何か面白い話出してよ。
原  田 トシさんも自身にけっこうおかしな話が沢山あるよね。自分じゃいいにくいだろうけど。
五十嵐 そうかい。オレそんなにおかしいかな(笑) 例えばオレのどんなところがおかしい?
原  田 いや全然おかしくないけどね。
五十嵐 そうだろう。
原  田 あとで考えるとおかしいんだ(笑)
北  村 トシ坊の家は夫婦しておかしいからね。奥さんの話で最近の傑作があるじゃない。
原  田 どんなの?    >>全文を読む

座談会    出席者:五十嵐明要(as) 澤田駿吾(g) 平岡正明(評論家) 他 2004年
ジャズの街・横浜  〜「モカンボ・セッション」の時代を語る〜
その1   その2   その3



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