メインストリーム・ジャズ、中間派ジャズの源流となるリズムは、1930〜40年代のカウント・ベイシー楽団のリズム・セクション「オール・アメリカン・リズム・セクション」(AARS)にあるといわれています。AARSとは、カウント・ベイシー(p)、フレディ・グリーン(g)、ウォルター・ペイジ(b)、ジョー・ジョーンズ(d)で構成されているリズム・セクションをいいます。では、そのAARSはどのようなものだったのでしょうか。
1930〜40年代当時の録音技術では、このAARSのサウンドを充分に聞き分けることはなかなか困難です。また、ビッグ・バンドではなく小編成での録音は数少なく、Decca〜RCA時代のAARSの演奏を網羅したアルバム「The Kid From Red Bank」くらいしか入手困難のようです。なお、ピアノがカウント・ベイシーではなくテディ・ウィルソンのものは数々ありますので、そちらも参考になるものと思います。
40年代に入り暫くしてAARSは解散してしまいましたので、その演奏の素晴らしさは限られた音源で、伝説として想像するしかなくなりました。そのようなときに実現したのが、ジョン・ハモンドのヴァンガード・シリーズのアルバム「ジョー・ジョーンズ・スペシャル」だったのです。1955年8月11日、カウント・ベイシーがゲスト出演して往年のAARSが十数年ぶりにハイフィデリティとなって実現しました。ただ1曲「シュー・シャイン・ボーイ」 Shoe Shine Boy だけでしたが、これを聴いたファンの驚きと感動は、油井正一氏が書いておられるとおりです。
AARSのリズムとは、どのようなものだったのでしょうか。ごく単純化して表現すれば、次のようになります。
ベースは、重低音を用いて着実にフォー・ビート(ウォーキング・ベース)を弾き続け、「全体のリズムと和音進行の基調」をつくります。各拍は均等でかつレガートです。装飾音は一切使いません。ピックアップは用いず、ナマ音が基本です。どうしても必要なときは専用のマイクロフォンを使います。
ギターは、リズムをリードするのではなく、ベースと一体となって「和音の進行とリズムに彩りを添える」ことに専念します。当然フル・アコースティックで電気的ピックアップやアップ・ストロークは一切使いません。
ドラムスは、主としてブラシュ、ハイハットとライド・シンバルを用い、特徴的なアクセント付けによって「スウィング感とドライブ感」をつくりだします。必要なとき以外はオカズは入れません。
ピアノは、単純化し不必要な和音は弾きません。そうすることによって全体のリズムが軽くなり、スウィング感が強まります。そしてその結果あのAARSの「リズムの芸術」がつくられるのです。
残念ながら、1955年を最後にAARSのハイフィデリティ録音はされることはありませんでした。しかし、カウント・ベイシー以外のピアニストでの録音が数々残されていますので、これでAARSと同様の演奏を楽しむことが出来ます。ここでその代表例として2〜3のアルバムをご紹介しておきましょう。
まず、ヴァンガード・シリーズの中の「サー・チャールズ・トンプソン・カルテット」です。1954年1月22日、サー・チャールズ・トンプソンがジョン・ハモンドの求めに応じて敬愛するカウント・ベイシー風の演奏を試みています。中間派の名演奏のひとつに数えられています。
1958年9月5日録音の「ベイシー・リユニオン」。ここではカウント・ベイシーの影武者と呼ばれているナット・ピアースのピアノです。おなじみのバック・クレイトン(tp)に、バイス・プレジデントのニックネームをもつポール・クィニシェット(ts)と、往年のベイシー楽団の雄シャド・コリンズ(tp)、ジャック・ワシントン(bs)が参加して、楽しいブルースの演奏を展開しています。
1952年に新らたに編成されたカウント・ベイシー楽団は、ベースにエディ・ジョーンズ、ドラムスにソニー・ペイン、それに盟友フレディ・グリーンを起用しました。ドライブ感豊かな演奏にアトミック・バンドと呼ばれるようになりましたが、このリズム・セクションでの1962年3月21-22日の録音が「カンサス・シティ・セヴン」。彼らはAARSの伝統を守りながらも新しい息吹のリズムを奏でています。この新しいリズム・セクションは「New AARS」と呼ばれるようになりました。アルバム「カンサス・シティ・セヴン」はメインストリーム・ジャズの傑作の1枚だということができるでしょう。
このオール・アメリカン・リズム・セクションの独特のスウィング・リズムを模倣したり再現しようとする試みが、1930年代から現在に至るまで数多くなされてきました。たとえば、ベニー・グッドマンもこのリズムを目指したのですが、とうとうその夢は実現できなかった、という伝説も残っています。残念なことに、現在のジャズ界でこれを再現できるリズム・セクションは皆無だといわれています。これは、各パートの役割を理解・熟知した4人のリズム・セクションを組むことが極めて困難なことです。とりわけリズムに多彩ないろどりを添えるフレディ・グリーンの存在がいかに大きかったか、ということでもあるでしょう。
ウィントン・マルサリスがオール・アメリカン・リズムセクションの成り立ちとカウント・ベイシー・スタイルについて実演・講義している楽しい貴重な映像です。主要部分を編集しました。
Jo Jones(d) Freddie Green(g) Walter Page(b) Count Basie(p)
Lester Young(ts) Buck Clayton(tp) Benny Goodman(cl) Charlie Christian(eg)